Catch me If you can

酒を飲み、肉を食べ、犬と遊んで暮らしたい

加湿器付き空気清浄機がきた!

春、花粉の季節です。

わたしは2011年に発症し、自覚したのが2012 円だったので、かれこれ4年ほど苦しんでいます。
舌下なんとか治療をやりたいのですが、いつもタイミングを忘れてしまいます。


しかし!今年の私は勝ち組。なぜなら在宅で仕事をしていますから通勤がない=外に出ない=花粉も浴びない!
例年よりも苦しくないはずだ!と思っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけで、源泉徴収の還付金がかなり戻ってきた私は、思い切って空気清浄機を買うことにしました(今は伯父の家に居候してるのですがカーペットなのよ)
以下、私がTLのておくれ系面々にあれこれいわれてダイキンかシャープかで迷う様子。

 

 

 

 

 

 

 (しってるよ!)

 

 

 

 


結局こちらをプライムでぽちった

 

www.amazon.co.jp

 

 

 

 

プライムなのにありえない。どういうことですか!
(大阪の倉庫にあったらしく、時間がかかった様子)


それにしても9万を3万弱で買えるなんて世の中すばらしい。値引のギャップがすごすぎてもうよくわからない。


開封の儀をおえて、早速スイッチをオン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

## 数日たっての感想

- 明け方鼻が詰まらない!

- 目もかゆくならない!ごしごししまくって化粧水がしみることがなくなった!

- よく寝れるようになった! 

 - 鼻の粘膜はめっちゃ乾燥する

総評:90点!

 

導入前と導入後でQoLに明らかな違いが見られました。

 

 

ほしい物リストに入れたから送ってくれてもいいのよ。カラーコーンはいらないよ。

 

 

パワハラで退職したり完全リモートの会社ではたらくようになった2015年の振り返りと2016年の抱負的なもの

2016年があけましたが、昨年もいろんなことがありました。ので、簡単に総括して今年に活かそうかなと思います。
 

#あった出来事
  1.  祖母が亡くなった(母方)
  2. 会社を辞めた(上記事件に付随)
  3. 「一緒にサービスをやろう」とエンジニアから誘われた(2015年中に"無理だな"と思っておしまいにしたい旨を伝えている)
  4. 新しい会社に入った
  5. 営業じゃなくなったし人材系でもなくなった
  6.  祖母が亡くなった(父方)
 
今回総括したい点は2, 3, 4なので、順番に書いていく。
 
 
# 2:会社を辞めたことについて
簡単に記載すると、上司に都合の悪いことをなすりつけられたので、いろいろ面倒になってやめたというかんじです。
 あったことでいうと、
- 2015年初夏、過去にサポートしたお客さんが、私が進めていたとあるプロジェクトに「殺すぞ裁判起こすぞ」みたいな温度感のクレーム入れてくる
- それは私が獲ってきたプロジェクトだったけど上司が手柄を横取りしようとして私vs上司みたいになりながら進めてたプロジェクト
- かつ、彼の仕事関連の人に影響があることだった
- それについて、プロジェクトを始める前に伝えようとしたけど「会いたくない」とか言われて伝えられず。
- 結果:ワイ氏、焦った上司に責任をなすりつけられる
- その後、その部署に行って何度目かのパワハラ(録音してあるよ☆)
- 部署のアドミンの偉い人に「50日有給あげるから、黙ってやめてくれない?」と言われる
- ワイ「えっ、50日もニートできるの!?やった!」とわりと喜んで辞める
 
 いや〜たいへんでした。
 
今後気をつけるべき点としては
a.上司はこっちがマネジメントしたほうがいいな
b. 「自分さえ良ければいい」と思って仕事してる人は世の中に多分にいるので、そういう人間と関わることになってしまった場合は、さっさと逃げる
 
という感じかなと思います。
 
まあ、残念ながら今回は、顧客も含めいろんな人からリスク情報を引き出せなかったので、そこは私の落ち度だったと思う。いろいろ事故が重なったなあというかんじだった。でも上記のうちどれか1つをクリアできていれば、もうすこしうまくやれただろう。
 
そうはいっても、そこで辞めたんだから私もきっと前の会社には未練はなかったんだろうし、実際今の他に営業が誰もいないチームのほうがのびのびやれている。男文化の中で女性がうまく立ちまわっているような会社では私はやっていけないなあと思った。なので、結果オーライではあったりする(男と競争するよう経営側から求められながら、男を立てることを求められるようなことを、よくみんなやれているなあと思う。だから女性のマネージャーって少ないんだろうね世の中)。
 
録音したパワハラの証拠はいろいろ効果的だなと思うタイミングがこの先あればYoutubeにでもアップしようかなってかんじです。まだ持ってるし。
 
あとその元カレについては、自分の後先考えない行動で、縁遠くない人の人生変わっててその話も耳に入ってるはずなのに、連絡の一つもよこさないので、結構私はご立腹です。
自分のした事に謝罪して後始末つけないと、こういう風にネットでネタにされちゃうんだぞ☆ 
 
 
# 3. 「一緒にサービスをやろう」とエンジニアから誘われたことについて
前の会社を辞めるちょっと前から、社内新規事業をたちあげるためにいろいろ根回しをしていた。しかし、当時の会社はガチンコの営業会社だったので、技術に明るい人はほとんどおらず、
当時知り合ったエンジニアさんに技術的な部分をいろいろ相談していた。残念なことに根回しは失敗した+そのタイミングで3の事件が起こったので「ごめんなさい」とお伝えしたのだが、辞めたあとに「2人で一緒にやりましょう。作って売って2人で不労収入得ましょう」と、誘いを受けた。
仕事につかれていた私は、二つ返事でオッケーした。「不労収入!やった!イエー!」みたいなかんじだった。
 
が、結論としては私がギブアップした。12月の話。
 
  1. 理由はいくつかある
  2. その人はそもそもプロダクトを作りたいのではなく、起業がしたいっぽい
  3. 「売り出すには会社が必要です」と言われ、それについても2人で検討したのだが、正直理論上はなにかサービスを出すのに会社はいらないので私はすごく違和感があった。
  4.  また、2人の考えているサービスを作っていくスピード感が違った。
  5.  私はゆっくりやりたかったが、彼は早く作って早く一抜けしたかったらしい。
  6.  正直、そのエンジニアさんはコミュニケーションがやりやすい方ではない。
  7.   なんというか、言葉の端々が暗くて思い詰めているので、私は聞いてて苦しくなってしまう。 なんとなく、話をしながら追い詰められている気分になってしまう。
  8.  最も言いにくい事だが、正直、上記の事からなんとなく視点が合わないので、会社を作って一緒にやるほどの魅力を感じられなかった
 
その人からは、
「事業を作るってのは周りからやんや言われるから結局思いやパッションがその逆境に負けないか」「覚悟を決めてください。覚悟を決められたら会社をつくってもどんなことがあってもやっていけます」
みたいなことを言われていた。
 
ベンチャーではよく聞く話だと思う。世の中のネットベンチャーの求人は沢山そういうことが書いてある。
でも、私はそうじゃないと思う.....というか、そんなこと言われても重たく感じて「だったらいいや」って放り投げてしまうタイプの人間なのだ。重たいしつまらない。「だったらもっと楽なマーケットでやるわ」ってホイホイ鞍替えしてしまうのだ。
(あと、正直「覚悟を決めろ」という人って、自分の覚悟が決まってないから、相手に覚悟を決めさせてそれに乗っかろうとしてる所あるよな、って度々思う)
 
私の仕事観には「逆境」の概念があまり無い。
すべての物事は、チョベリグ ⇔ チョベリバ*1 の中を行き来しているだけで、状態を把握してボトルネックになっている部分を解消すればよい話では?という感覚で仕事をしている。
 
気合とかパッションとか使うのは仕事じゃない。プロはそんなことしない。ゴルゴはいつでも冷静じゃないか。呼吸をするぐらい自然に結果を出すのが仕事だ。体に何かさわりでもなければ、呼吸をすることに誰が気合を使うのか。使うのは気合じゃなくて神経なんじゃないのか。
 
 
つまるところ、そのエンジニアさんには悪いことをした。一番改めるべき点は「やりましょう」といったその人の言葉の奥をもっと見つめなかったところだった。平たく言うと安請け合いだった。
これはまだ決着はついていないので、3月くらいまでには綺麗にしたいなと思う。
 
 
 
# 4 : 営業じゃなくなったし人材系でもなくなった
さて、3のようなことを言っておきながらも、「やばい」と思うことは結構ある。
私は社会人になって丸7年人材サービスの営業しかやってこなかった。なんとなく人のことは少しわかった。
一方、今の会社でフロント(営業・広報・採用全部)に立っているのは私しかいなくて、それに加えて何故か広告商品も作ったり年末にはWebディレクション?も始めました^q^
 
一人4〜5役くらいを回しており、張り合って来る人がいないので非常に気楽なのだけど、「正直キツイ」と思うことも3日に1度くらいある。けど、それも含めて楽しんでいる。
 
今の環境に身をおいてみて、自分の中で一番変わったのは「相手が知らないこと」に対して極めて寛容になったことだった。
 
私のポジションの人は他におらず、うち2人は社会人2,3年目(といっても二人共すでにプロフェッショナル)なので、「あ、これはわからなくてもしょうがないか」という気分になる。人の(意図しない)無知に寛容になると、自分にも寛容になる。
 
昨年、3月〜6月でグロービスに行ったのだけど、その頃私は上司が私が担当しているマーケットに対して無知すぎて苛立っていた。しかし、そこで出会った、私の親と同じくらいの年の方に衝撃的な一言を言われた。
 
「15さん、あなた、年齢を重ねたり、学びに時間を費やせばれば知識が増えると思っているでしょう?違うんだよ。年をとると、知ってることが増えるから、知らないことが増えるんだよ」
 
禅問答のようだが、例えて言うと
「インターネット」というものがあるのを知る→「インターネット」があることはわかったけど、それが何をどう使って、結果どうなるものなのかわからない
みたいなかんじのことだ。
 
1つを知ることで、3つも4つも疑問が増える、
それは本当にそうで、私は営業と人材とインターネットベンチャーのことはそこそこ知っている。だけど、7年そこに費やしてきた分、製造業のことはわからないし、もっと言うと、ネット業界の人材のことはわかっているがプロダクトのことはわからないしプログラミングもわからない。だから知りたいと思ってPythonを始めて見たら、もっとわからないことが増えた。
 
そう考えると、自分より年食ってる人が自分より賢くないことも、まあやむを得ない場合もあるかなと思えるようになった(「自分の得意分野だ!」って言得るものがあっても大した円熟のない人も多いし、私がぶつかるのはそういう人が多いけど)。
老いれば認識能力は下がるし、認識能力が下がれば知れるこは減っていくんだろう。
個人的には、認識能力が下がった時に、素直に下を頼ることができる人間に慣れれば良いなと思う。
 
 
 
# 2016年のイメージ
2015年はそんなところでした。2011年よりはまあ大変じゃなかったかな。準備してなかった割にはまあまあうまい波さばきだった思います。
 
意図せず(また運命みたいな見えない何かに)走っていたレールからはじき出されたけど、それで自分の人的資産やキャリアが傷ついたとは思ってない。ゼロになったけど、またいちから作ればいいし、学べばいいかなってかんじ。わからないことがたくさんあるのは面白い。ケーキバイキングにいる気分になれる。
 
2016年はもっと丁寧に人生を味わいたいです(これでは食べ方が雑すぎる)。

*1:「良い⇔悪い」だとスケールが小さいなと思ったので…

人生の壁は滝と向き合えば解決します〜青梅・御嶽山で身を清めよう!〜

この記事は壁ベントカレンダー12/23分です。
空いてたから書いたけどそれでいいよね?

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突然ですが、みなさんは人生の壁にぶち当たったことはありますか?
私はボルダリング的な壁でいうと、今実家の青森からこれをかいているのですが
弘前じゃないとジムがないので、この土日に電車で1時間かけて
弘前いくかどうか悩んでいるのがそこそこの壁です。
 
 
 
 
 
 
さて、今回のテーマは「人生の壁」ですが、わたしは3年に1回のペースで人生の壁があります。
歴代第1位の壁でいうと、人生で初めて入社した会社がパワハラとセクハラの温床だったことですが、その次でいうとこれです。
 
 
まあでもこれはもうどうでもいいんですね。
今年もまあまあ波乱が万乗で、付き合ってた男がいきなり発狂→「別れる!!!」を繰り返すけど「でもほんとのところはお前のことが好きなんだ」と言い続ける、というわけわからない状況になりました。
今振り返ると発狂の理由もなんとなく想像つくのですが、夏頃に事件がありもう二度とお互い連絡をとることはなかろう、という状態になったのでもう何もないと思います。
 
 
さて、そいつが発狂したのは去年の年明けから3月くらいにかけてなのですが、こっちだって忙しいのに「おれは忙しいんだ忙しいんだだからお前と会う時間も取れない!」とわめくため、別れ話が進まないことに疲れていた私は、もう頭と気持ちと心が、疲労がやばくて、頭の中で彼氏が「別れる」と喚いてる様子がリフレインされちゃって、ほとほと参っていました。
※「メールで終わればいい」という人もいると思いますが、以前それで復縁を迫る連絡をされたことがあるので、きっちり対面でケジメつけないと怖いんですよ。。。
 
 
こうなると私はもう一人になりたい病が発症してしまい、仕事中にHome'sとトラベルこちゃんを一度に見るという精神状態に陥っていました。
でもね、プーケットを見ても、スリランカを見ても、ロンドンやローマやカーニバル最中のリオ行きのチケットを見ても、新しい間取り図を見ても(←間取り図大好き人間)、なにもピンとこないんです。
 
これはなんかおかしいぞ、ということで、ふと視点を切り替えることにしました。
 
「精神的に一人になれればいいんじゃないか??」
 
 
ということで、東京近郊で瞑想をしに行くことにしました。
 
 
 
# 瞑想が目的のはずだったのに
 
瞑想場所として私が行きたかったのはこちら
 
 

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素敵ですね。女子力高まりそうです。
私、星が好きで、お葬式は宇宙葬と決めているのと、星座とかも知ってるんですが、高校では地学を選択してスペクトルとか光の速さとか勉強してました(地学の偏差値は50、数学の偏差値は27です)。
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

私が実際行ったのはこちら
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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www.seizan.gr.jp

 
 
 
 
#なぜこんなことになったか
 1つ目の宿坊、電話がつながらなかったからです。
まあでも2つめも瞑想あるし、良いかなと思っていました。
滝行の2文字が見えましたが、「やらなくてもいいよね」と思っていました。
 
 
 
# 予約をするときの私
私「あのー、今週の土曜日いきたいんですけど」
宿の人「今週の土曜ですね、はいはい、ちょっとまってね、あのー
 
滝はやりますか!」
 
 
私「た、滝ですか?;;;;;;;;;」
 
 
宿の人「そう、滝!」
 
 
私「う、あ、や、ります」←気圧された

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#これです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※女の人はさすがに着てます
 
 
 
#感想
 
1:結構すっきりする
なんとなく身が引き締まった気分になり、肩の荷が下りた感じがします。
そのあと一緒にやったクリスタルボウルを聞きながらの瞑想もよかったです。
 

www.youtube.com

クリスタルボウルっていうのはこういうかんじの楽器でして、ブライアンイーノのとか好きな人なら好きだと思います。
 
 クリスタルボウルはかなりハマり、汐留で定期的にやっている演奏会を聴きに行っていました。下手なマッサージより効果ある。いちおうアメリカでは医療行為として認められているみたいです。
 
 
 
おまけ:ブライアンイーノ=Windowsの起動音するときの音楽作った人
 
ブライアンイーノの通常運転
 
 
2:朝やばい
滝行と瞑想は夕方1回、朝1回でワンセットなのですが、朝は6時くらいに起きて、1時間くらい滝に向かって歩くんですね。
歩いている途中はわりと体がぽかぽかしていいかんじなのですが、夜の気温で冷えた滝はマジで冷たい
それでもそのあと入る温泉はきもちいいです。
 
 
3:米うまい
身を清めてお湯で体をあたためるからなのか、それとも水がいいからなのか、お米がとてもおいしかったです。
夜は鮎の塩焼きだったんですけど、おいしかったです。ごはんは全体的においしかったです。
 
 
ちなみにトイレは汲み取り式です。
 
 
 
#よかったこと
1:日本で働いているめっちゃ可愛い台湾人の子と仲良くなった(一緒にそば食べた / その子は台湾の出版社から依頼されて日本の珍しい体験をレポートしているらしい)
2:この日は3月で、しかも全員女性だったのですが私と台湾人の子意外の3人は10年以上ここの滝に通っているという滝ベテランの方で、普段は看護師の仕事や職業斡旋のお仕事をしているらしいです。なるほど。
 
 
 
 
# その後について
その台湾人の子と、2016年2月くらいに、星空のほうの宿坊行くかもしれないんですけど行きたい人いたらtwitterでどうぞ。
 
 
人間何事もノリといきおいですね。
 

 

2015年アラサー喪女壁物語

#この記事は壁ベントカレンダーの記事ですっつーか手書きです。

www.adventar.org

 

 

 

 

2015年アラサー喪女壁物語

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っていうかんじで壁をはじめましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとはカラファテ行ってジャックなかねにたくさん説明してもらいながらシューズ買ったくらいです。

 

 

 

 

もうないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんとにないかな????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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しばしの沈黙があった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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<<出典>>

# とんかつDJアゲ太郎(読んだことない)

plus.shonenjump.com

 

 

# C丼:おそらくこちらが一番おもしろい。そしてわたしはエンジニアではない。

[C#] マイクロソフト キャンペーンの「C丼」を作って実食してみた (プログラミング C# - 翔ソフトウェア (Sho's))

 

# その他の画像:壁ベントより。勝手に使ってごめんなさい。ネタがなくて。

 

プログラミング1ミリもやったことないけどPycon行ってPyladiesの合宿にまで行った話

 

#この記事はPython Advent Calander用の記事です

www.adventar.org

 

 

15といいます。普段はしくみ製作所というところでブログを書いていますアドベントカレンダーは今年初めて書きました。昨日イカについて書いたのがデビューです。

本稿はPython、というか、プログラミングを1ミリもやったことがない人間がPythonに興味を持ち、PyConに行ってみて、PyLadiesの合宿にまで行った話を書きます。
含蓄のあることとかはかけないと思いますので最初に謝っておきます。しゅみましぇん。

 

# Pythonに興味を持つまで

わたしの素性でいうと
- 14歳くらいのときからCSS,HTML,Javascriptをいじってサイトを作っていて(まだinfoseekが楽天になる前/薄い本のためのサイトです
- 社会人になってからはネット業界向けの人材サービスやっていた

というかんじで、わりといんたーねっつには明るいITじゃない人でした。

プログラミングやろうかなーと思ったのは去年の今くらいで、単純に「なんかちゃんと自分でものづくりができないとこの先やっていけない気がする」と思ったからです。

私はエンジニアやデザイナー、プロデューサーの方のキャリア相談に乗る立場、いわるゆる「キャリアコンサルタント」という立場だったので、わりと技術トレンドの大きな文脈の情報もはいってきていました。もう二度と人材紹介やらないし求人広告も売らないと思いますが、またそれは別の話。

今までお客さんだったエンジニアさんは、Ruby, Objective-C, C#, Javaとかの方が多かったのですが、私のキャリアコンサルティングのスタイルは「複数の人/会社のスキル/キャリア/キャラクターパターンを学習してデータとして蓄積し、双方の特徴をマッチングさせる」だったので、そういう思考回路と相性がいいかな?と思ってPythonに興味を持ちました。ちなみにRubyも同時並行で勉強を始めたのですが、早々に挫折しました。軍隊英語みたいで怖いからです…。


# ねこたろう先生を捕まえる

さて、勉強するにはやっぱり本を…と思って、いくつか買って読んでみたのですが、なるほどわからん、という状態がしばらく続きました。これでは進まないなーと思ったので、前に仕事でお会いしたPython歴3年のねこたろう先生をつかまえ、教えて下さいと食事で釣りました。今年の8月の話です。
ねこたろう先生はもともとDBAだったので、アプリ開発よりレイヤーは低い方だったのですが、最近はワイヤーまで引かれるそうで、マルチです。なぜねこたろう先生なのかというと、ご本人が猫が好きだからです。

ワイ「せんせいぱいそんおしえろくださいよろしくおねがいします><」
先生「いいですけど職業エンジニアとして通用するくらいまでやってもらうので厳しいですよ?」


ねこたろう先生の厳しい教育のおかげもあって、通算1週間くらいでtwitterで自動でつぶやくbotを作るくらいまでには至りました。

twitter.com



#PyConに行く

なんで初学者がPyCon知ってるの?と疑問に思われる方もいると思いますが、
じつは友人がスタッフをやっているので(3年目)、存在は知っていました。
初学者にとっては難しい内容なんだろうなーと思っていましたが、案の定難しかったです。
その中でも面白かったコンテンツは以下でした。

www.slideshare.net

www.slideshare.net

(歩行学習の様子、気持ち悪いかわいいです)

あと、結構海外からいらっしゃってる方もいました。いちおー私は外資的なところにいて、英語は話せたので、ぶっちゃけていうとそっちと話すのが面白かったです。

ちょっとくすっと笑えたのは、海外のエンジニアも日本のエンジニアも、「ああ、エンジニアさんだな〜」というコミュニケーション能力の取り方だったところです(海外のエンジニアさんのほうが話題が広い部分はあります)。2年ほど外資系のオラオラリクルーティング文化にいた私にとっては超癒しでした。
また、世界中のPyconをめぐってる人とかもいて、好きなバンドの全国ツアーの全てに行こうとするファンのようだなと思いました。

 

Pycon期間中はコンテンツをいくつか見て回っていたのですが、その中でPyLadiesのnoblisさんのコンテンツを見ました。
Pythonの女性コミュニティってあるのか!もくもく合宿があるのか!しかも初心者歓迎だと!やったあ!」と思って、twitterでPyLadiesの中心の人のamacabeeさんにたどり着きました。

 

 

 

みなさんその節はありがとうございます。

ワイ「まじでほんとに何もできないんですけど合宿とかって行ってもいいものなんですか?」
macabeeさん「あ、全然いいですよ〜歓迎です」

やさしい…!
connpassでぽちっと申し込みました。

pyladies-tokyo.connpass.com

 

#PyLadies Tokyoの合宿

PyConから合宿までの間、私のPythonライフにはちょっとした変化があって、私はSplatoonをやっているのですが、このプロダクトに参加してみたいなと思って界隈をうろちょろしていました。

www.slideshare.net

github.com


が、初心者にOpenCVはかなり難易度が高かったらしく、環境構築で闇落ちしまくっていました。当時の様子です。ご査収ください。



合宿ではなんとかこれをクリアにしたいぜ…!と目論んでいました。もくもく合宿に行く、といったら、ねこたろう先生は「えっ、あんなシビアなものにいくんですか、大丈夫ですか」といっていましたが、どうにも私の認識しているもくもく合宿と先生のそれは違うみたいでした。先生、どんだけ過酷な環境を生きてるんだ。

当日のPyLadiesもくもく合宿レシピ

pyladies-tokyo.connpass.com

 

そして当日の私

 


無論、遊んでいたわけではなく、きちんと「こういうことがしたい」と伝えてがんばってMacちゃんとにらめっこしていました。

 

いろんな人に質問しながら、今回は

- requirement.txt
- pip3はpipじゃない
- sudoでこじあけてねじこむ

などの技を覚えました。amacabeeさん、cocodripsさん、yuryuさん、ありがとうございました。手をとめさせてしまってすみませんでした。次までもっと理解が深められるように努めます。



# まとめ
学習は亀なみのスピードだしいろんな人に迷惑かけながらですが、ちょっとずつ「自分が作ったしくみで何かが動く」という薄い本を作るのとはまた別のものづくりの体験ができているように思います。作るって難しいし面倒だけど楽しいですね。

17年ぶりくらいにイカのために据え置きゲームを買ったら人の関わりが増えた

#この記事はAdvent calander用の記事です。

www.adventar.org


Advent calanderは初めて書きます。15といいます。普段はしくみ製作所という会社でブログかいています。
 
タイトルにもありますが、Splatoonを今年の9月に買うまで、中2くらいの頃からゲームをしていませんでした。そんな私が5万かけてイカ環境を整え、企業対抗Splatoon大会に参加するまでと、イカライフ周辺について書こうと思います。

まず、ゲームをやっていたのは小学校〜中学校あがったくらいだったのですが、当時はぷよぷよ一択でした(SUNのためにセガサターンを買いました)。現役でやってた頃は8~12連鎖くらい当たり前に連作を組んでいたので、かなりやり込んでいました。
 
ゲームをやれなくなったのは薄い本を作る活ど年相応にゲーム以外のことが忙しくなってきたからで、それ以降はゲームがハイエンドになるにつれて手が出なくなり、やってませんでした。
 
そんなゲームとは縁遠い生活を送っていた薄い本の活動も卒業した私は、丸の内OLをやっていた今年の五月、トレインビジョンでこのCMを見ました。
 
 
「新しいアニメ?それとも意識高い系ネット企業のCMかな?」と思ってました。ゲームなのか!!!!
 
おしゃCMだったのでギャップに驚きましたが、CMだけで「うわ…ほしい…」と思う商品は、もうここ6,7年くらい現れなかったので、ずーっとほしいと思っていました。
 
私「でもお高いんでしょう?」
WiiU「しめて3万5千円です!」
 
という状態に二の足を踏んでいました。
さらに、私の家にはテレビがなかったので、モニターまで揃えると5万はいきます。就職先を決めずに会社を辞める前だったので断念していました。
 
 
ところが、8月に業務委託で仕事を受け始めた会社=現職(しくみ製作所)で、エンジニアが「イカが好きすぎてイカのサービスを作りたい」と言って、本当に作ってしまったのをきっかけに、私もついに「インターネット同時申し込み」という魔法を使ってSplatoonを購入するに至りました。
 
同時に携帯とかも揃えたので4万くらいはかかってしまいましたが、すぐにそれはペイしました。
というのも、おそらく服代(2〜3万)とかバーに行って1回5000円×3回の代金を毎月はらっていたのですが、イカのおかげで外にでなくなったからです。
 
お金ういたやったあ!という状態がしばらく続きましたが、いやしくも私はアラサー喪女、「このまま引きこもってゲームばかりして友達もできず仕事とゲームだけの孤独な人生を歩む可能性それでいいのか」という不安が胸をぐさりぐさりとぐさります。
 
ところがある日、イカ担当のエンジニアhozumがこんなことを言ってきました。
 
hozum「なんかSpeeeさんとIT企業対抗イカ大会に参加することにしたんですけど一緒に出ます?」
ワイ「え、でるでる」
 
 

# SpeeeさんでのSplathon

というわけで、11/29にSpeee社でSplathonに参加してきた。
 
こまかいことは@yuma_iwasaki さんが書いてくれてるのではしょりますが、
Splatoonはマルチプレイなので、横で友達を集めてやったほうが楽しいのは当たり前といえば当たり前でした。
古い世代のネット人間の私には「まずはネットでも挨拶してどこかで何度か会ってから初めて友達に」という感覚だったので
こんなにサクサクと横で友達をつくる弊社のイカエンジニアの友達作成能力には脱帽です。
大体の方がエンジニアで、特にドワンゴピクシブの2社はアップが怖いと思えるくらい強かったです。
みんなそれぞれ工夫してイカをやっていて、ある方は動画撮影で自分のプレイを確認、ある方はバランスボールのってイカをやり
健康に配慮というような具合で、いろんなイカライフがあるんだなあと思いました。
 
 
# イカ関連プロダクトの集い
同時並行で、弊社のイカエンジニアはいろんなイカつながりを拡大させており、
私もそれに追従する形で、イカプロダクトをつくっている人を知るようになりました。

特に私は画像認識×機械学習に興味があったので、
IkaLogというプロダクトが面白そうだなと思っていました。
エンジニアではないし、キャプチャーデバイスも持っていないのですが、
WebcamのデータもIkaLogで読めるようにしよう、という試みをされていたので
 「めっちゃ足手まといだと思いますけど、何かお手伝いできたらなと思ってます」と伝えたところ
 
IkaLogの人「なるほど〜いいですよ〜じゃあこれやってください」

github.com

 
やさしい…!!!
(そして、IkaLog開発環境を整えるのに1ヶ月以上時間がかかる顛末となりました。
前提にすらたどり着かなくてまじでつらいです)

で、11月にたまたまIkaLogの人と、そのご友人の方々と飲む機会がありました。
eject(CDがういーんて出てくる部分)で家電ハックをしてる方、某サーバーの会社の方、着物ライフな方などおもしろいエンジニアの方々です。ちなみにejectの人からは「マインクラフトやろう。イカより長くプレイできる」と言われましたが、私がマインクラフトをしばらくの間マインスイーパーと勘違いしていて「なんであんなのはやってるんだろ?若い子ってわからないな」とか思っていたのは秘密です。
 
その後、某サーバーの会社の方からは「イカセンターで弊社のイカ部が忘年会やるんですけど、いらっしゃいませんか?」と御誘い頂き、わたしもイカフレンド自動生成の波に乗れていると実感しています。
 
 
# キャプチャーデバイスの罠
さて、ここまでくると自分もきちんとウデマエをあげなきゃいけません。
Webcam×IkaLogで頑張る予定でしたが、やっぱりプレイをきちんと見直したいと思い
キャプチャーデバイスを買おうかと思っています。でも、Macで録画環境揃えるってすげえ金かかるのな!!3万くらいだって!
イカに対してわたしは7万の投資をすることになりますよ!!!
 
 
#まとめ
ほんとうはSplathonが終わったあたりでもう飽きるかなと思っていたんですが、
それはわたしがまだまだやり込みがたりなかっただけで、もっとやり込んでから飽きなければいけないんだなと反省しました。
年末年始にたくさんやりたいと思いますが、正直ゲームでこんなに人の輪が広がるとはおもっていなかったので
大人になったらゲームで友達できるんだな〜〜〜って感慨深いです。
イカありがとう。

「社長が事故って意識不明で復帰できないから転職活動してくれ」と入社約1ヶ月後に言われて住所不定無職になった(後編)

前回のつづき

 

seong15.hatenablog.com

 

 
無職が確定したので、とりあえず転職活動するかと思って、4社ほど転職エージェントに登録した(もしかしたら、もっと情緒的な人なら途方に暮れたり、社長を支えますとか言ったりするのかもしれないけど、そこらへんのネジがぶっとんでる人間らしく、「とりあえず動けばなんとかなるか」と思っていた。その後、辛い辛い転職活動が待っていたのだが…)
 
大手3社、中小で自分のコネで案件をひっぱってきているようなところが1社。ちなみにリクルートエージェントは対応がむかついたので使わなかった。
 
転職にあたって、副社長から、「知り合いの社長が引き取ってくれるって言ってたけど、話だけでも聞いてみれば?」と言われていたが、返答は濁していた。
理由は簡単で、人のコネで入るのが嫌だった。「一つのところにいる保証なんてないし、辞めるとなったら紹介してくれた人のメンツがたたなくなるから」と、そう思っていた。誰かにお願いして自分の人生の重要事項を決めるのは、本当に窮地に立たされてからでいいし、まだそこじゃないと思っていた。端から見たら、とっても窮地にたたされているのだけど笑、そうやって振った話が2つもあったのだから、若いっていいよな。
 
エージェントに登録して、50社ほどサクサク応募した。中小の新卒使い捨て文化の会社にいて、たかだか130%くらいしか達成していない自分は量を受けないと決まらないと思っていたからだ。
意外にも、「無形商材営業、第二新卒」は市場ではニーズがあった。風通しがよさそうなネットベンチャーに的を絞っていたのだが、結果的に30社ほど面接にいった。
(一応、名の通った大学に行っていたので、そこらへんもアドバンテージだったのかもしれない)
 
1日に2、3件の面接をこなして、何も無い日は、家事をして、彼氏のシャツにアイロンなんかかけながら「あー、こんな風に専業主婦っぽいことするのも、最初で最後だろうなー」と思っていた。
 
ちなみにこの彼氏は、私が転職活動中は一切サポートしてくれなかった。別に一日中寄り添ってどうのこうのしてくれる必要はなかったのだが、さすがに私も次どうするか真剣に悩んでいる中で、気持ち的に参る事もあった。しかし彼は「転職活動どう?」だったり、「大丈夫?」だったり、気遣う質問は一切してこなかった。
むしろ、友達と遊びに行ってしまったり、朝まで帰ってこないということのほうが大半だった。
私はその行動にイライラしながらも「あー、精神的に幼い旦那を持つ専業主婦ってこんな気持ちなんだろうな」と状況を客観視していた。
そういう希薄な間柄だったから別れたんだと思うし、もしかしたら若い男性というのはそういうものなのかもしれない。私からもっと「話をきいて」と頼ればよかったのかもしれないが、そこまでしたいと思える間柄でなかったというのも事実だ。なぜか当時は彼とつき合っている事に惨めさを感じていたのだが、振り返ってみると、希薄な恋愛関係は人を惨めな気持ちにさせるのかもしれない。
 
 
話を戻す。
転職活動は、最終的に5・6社ほど最終面接となった。一番初めに内定をもらった会社は何かの研修を売ってる会社だったが、断った。始業と終業の時間にチャイムが鳴る会社で、「中学校みたいだから無理」と思った。
 
2社目に内定を貰った会社は、丸の内にある大きな会社だった。1部署の人数だけで、前の会社の全体と同じくらいの人数いた。
統括部長、役員と話をしてみて、「この人たちなら信用できるかな」と思って入社を決めた。
そのときの話はまた後日に書く。
 
ちょうど、会社をたたむタイムリミットの2ヶ月が終わる頃だった。秋口だった。
内定を受けた翌々日、実家に帰って、そこから1週間くらいのんびりした。親に「心配かけてごめん」と伝えたら、父親に「俺はお前に何があってもおかしくないと思ってる」と言われてしまった。あの…私…一応女なんですけど…。
 
丸の内の会社では、入社後の配属先で極めて丁重に扱ってもらった。人生の中で「幸せな時間」がいくつかあるとしたら、そのうちの一つだったと思う。それもまた別の記事で書く。
 
働いてしばらく経った後、たしか翌年の春先の話だったと思うが、事故った社長からメールがきた。
携帯が使えるまでに回復したらしい。
メールの内容はこんなかんじだった。
 
「俺のわがままや身勝手で、結果的に色々迷惑をかけて、申し訳なく思っている。」
 
私は「リハビリがんばってください!」という、極めて当たり障りのないレスを返した。
 
事情を知る友人は「ずいぶん大人なレスをしたねww」と言っていたが、
私の中には「人生めちゃめちゃにされた!責任とれ!」とか、そういうたぐいの気持ちは無かったし、
むしろ「ああ、謝罪するというのは自己満足だな」とか、「奥さんと子供は大丈夫かな」と思う気持ちの方が強かった。憐憫である。
 
 
この件で私が学んだのは、人には「身の丈」というものがあるんだろうなということだった。
彼はおそらく、大手でぬくぬくやっていたら、こんな風になる事も無かったのだろう。元々お坊ちゃん育ちだったようだし、ベンチャーのようにドライで、結果主義の人間が活き活きするような畑には来ない方がよかったのかもしれない。変な言い方だが、私はむしろ、事故は神様のプレゼントだったんじゃないかと思っている。
彼があのまま事故に遭わずに会社をつづけていたら、謎の資金繰りをして、IPOもバイアウトもできず、そのまま会社を潰していたんじゃないだろうか。
もしくは、もっとワーストコースを走っていたかもしれない。
 
自分の身の丈に合った枠にいないと、運命とか、神様みたいなものの力で、強制的にそこからはじき出される。そういう事例だったんじゃないかと思う。
 
それは、結局この時の事件を経て、大きい会社に入社した私にも言えた事だ。
情緒的で感情的でわがままで自分の思った事を絶対曲げない、そんな「社長」という生き物をいなしながら、自分のやりたい事をやるには、当時の私は力量不足だったのだ。
おせっかいな何かに、「もう少し人にもまれなさい」と、道を決められた、そういうことだったように思う。
(その証拠に、入社してもいいかなと思える会社から内定をもらえたのは、この時入社した1社だけだった。私の行く道は、何かによって自動的に決まっているんだろうなと思った)
 
実際、その後の4年近く、私はその時入った会社で,居心地よく、ぬくぬくと、「大手にいるメリット」みたいなのを享受することができた。
一応、しっかり仕事もしていたので、お客さんもついてきた。本当に関わりの深いお客さんは、今は友人と化し、仕事人としての期待と、友としての親交と、両方をもって関わってもらっている。